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浦和地方裁判所 平成9年(レ)48号 判決 1999年8月06日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人が、控訴人の専務取締役と称していたという谷川一男(以下「谷川」という。)との間で合意した雇用契約を原因として、控訴人に対し、被控訴人が従事した業務に係る未払賃金の支払を求めている事案である。

二  前提となる事実関係

証拠(甲一、九、乙一、当審被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。

1  控訴人は、一般貨物自動車運送事業、貨物自動車運送取扱事業等を目的とする株式会社であるが、かねてヤマト運輸株式会社との間で、毎日、東京都江東区枝川にある同社の宅配用貨物の集配センターに集められた貨物を各営業所に配送し、各営業所に預けられた貨物を同センターに配送するという業務(以下「本件業務」という。)を一日三万八〇〇〇円で請け負う旨の契約を締結していた。

2  谷川は、平成七年九月一日、控訴人との間で、谷川において、控訴人が所有する控訴人の商号が車体に表示された貨物自動車を利用し、高速道路を利用した場合の高速利用料金は谷川が負担するほか、ガソリン代及び自動車保険料等その他一切の費用は控訴人が負担するとの約定で、控訴人がヤマト運輸株式会社から請け負っていた本件業務を一日二万円で下請けする旨の契約(以下「本件下請契約」という。)を締結した。

3  また、谷川は、控訴人から、谷川が控訴人の専務取締役であることを示す名刺(以下「本件名刺」という。)を使用することを許諾されていた。

4  被控訴人は、同年一〇月ころ、谷川との間で、被控訴人の雇用者が誰になるかはさておき、賃金を一日一万六〇〇〇円とし、これを毎月二五日締めで翌月一〇日に支払うとの日給月給制で、本件業務に運転手として従事する旨の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)の合意をした。

5  被控訴人は、同年一〇月一日から平成八年七月四日までの間、運転手として本件業務に従事し、同年五月三一日までの前記約定による賃金については、谷川から支払を受けたが、同年六月一日から同年七月四日まで二三日間の賃金合計三六万八〇〇〇円(以下「本件賃金」という。)については、谷川から支払がなく、本件訴訟をもって、控訴人にその支払を求めている。

三  本件訴訟における争点は、被控訴人が、谷川との間で合意した本件雇用契約に基づき、あるいは、本件雇用契約に関係して、控訴人に対し、本件賃金の支払を求めることができるか否かであるが、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(被控訴人)

被控訴人は、控訴人の専務取締役と称していた谷川との間で本件請負契約の合意をし、控訴人からアルバイト運転手として雇用されたと信じて本件業務に従事していたのであるから、控訴人は、被控訴人に対し、本件賃金を支払う義務がある。

(控訴人)

被控訴人は、谷川から雇用され、控訴人とは雇用関係がなく、直接の法的関係はないのに、控訴人から雇用されていたと一方的に思い込んでいるだけであるから、控訴人には、被控訴人に対する本件賃金の支払義務はない。

第三  当裁判所の判断

一  本件雇用契約における雇用者について

被控訴人は、控訴人が被控訴人に本件賃金を支払うべき理由として、前記のとおり主張するので、まず、谷川が被控訴人との間で合意した本件雇用契約の効果が控訴人に帰属し、控訴人を雇用者、被控訴人を被用者として両者の間に本件雇用契約が成立していたか否かについて検討する。

1  谷川が控訴人から控訴人の専務取締役であることを示す本件名刺の使用を許諾されていたことは、前記のとおりであるが、谷川が実際に控訴人の専務取締役であったと認めるに足りる証拠はないから、谷川が控訴人の専務取締役であることを理由として、被控訴人が谷川との間で合意した本件雇用契約の効果が控訴人に帰属する余地はない。

2  また、株式会社の専務取締役という名称は、株式会社の代表権を与えられた取締役であることを示すのが一般であるから、控訴人から本件名刺の使用を許諾されていた谷川を控訴人の表見代表取締役ということができるか否かについて検討すると、表見代表取締役について規定する商法二六二条は、株式会社が取締役に代表取締役と誤認するような名称を付した場合、当該取締役の行為について、会社にいわゆる表見責任を負わせることにより、そのような外観を信頼した者を保護しようとする趣旨の規定である。

したがって、右規定の趣旨に鑑みれば、株式会社の取締役ではないが、従業員についても、その者に代表取締役と誤認するような名称を付していた場合には、その者が会社の業務として行った行為についても、同条を類推適用すべきものであるが(最高裁昭和三五年一〇月一四日第二小法廷判決・民集一四巻一二号二四九九頁参照)、取締役でも、従業員でもない外部の者については、取締役あるいは従業員の場合と異なり、そもそも会社の業務に従事しているわけではなく、会社から指揮監督を受ける立場にはないのが通常であるから、その者と会社との間に雇用関係に準じた関係が認められる場合は格別、そうでなければ、後に検討する名板貸し責任の有無はともかく、そのような者の行為についてまで、右規定を類推適用して会社の表見責任を認めることはできないと解するべきである。

これを本件についてみると、谷川は、前記のとおり、控訴人との間で本件下請契約を締結して本件業務の下請けをしていたにすぎず、谷川が控訴人の取締役あるいは従業員であったと認めるに足りる証拠もなく、控訴人から専務取締役であることを示す本件名刺の使用を許諾されていたとはいっても、証拠(乙一)によれば、谷川は、雅商事の商号で業務を遂行していたところ、その商号では、谷川が仕事を取りにくいので、控訴人は、谷川が仕事を取りやすいようにするために、本件名刺の使用を許諾したことが認められるので、本件名刺は、結局、谷川が自己の業務を遂行するために使用されていたにとどまり、控訴人の取締役でも、従業員でもない谷川を控訴人の表見代表取締役ということはできないから、商法二六二条の類推適用により、被控訴人が谷川との間で合意した本件雇用契約の効果が控訴人に帰属すると認める余地もない。

3  したがって、谷川と被控訴人とが合意した本件雇用契約は、その表意者である谷川を雇用者、被控訴人を被用者として成立したものであって、本件賃金の本来の支払義務は、谷川が負っていたといわなければならない。

二  控訴人の本件賃金の支払義務について

被控訴人の前記主張は、本件雇用契約が谷川と被控訴人との間に成立したものであったとしても、控訴人において、谷川に対し、控訴人の専務取締役であることを示す本件名刺の使用を許諾していたのであるから、商法二三条の名板貸し責任として、谷川に連帯して、本件賃金の支払義務を負う趣旨にも解され、他方、控訴人の前記主張は、被控訴人において控訴人を営業主であると誤認したことはなく、仮に誤認していたとしても、被控訴人には重大な過失があるという趣旨に解されるので、以下、<1>控訴人が谷川に本件名刺の使用を許諾していたことが商法二三条の名板貸しの責任を発生させるものであるか否か、<2>谷川に雇用されていた被控訴人が控訴人を本件業務の営業主、すなわち、雇用者と誤認していたか否か、誤認していたとして、そう誤認するについて重大な過失があったか否かについて検討する。

1  控訴人の名板貸し責任の有無

本件名刺は、前認定のとおり、雅商事という商号で自己の業務を遂行していた谷川が、その仕事を取りやすいようにするためのものであったところ、本件訴訟において、被控訴人が本件名刺を甲第一号証として提出していることのほか、証拠(甲九)によれば、被控訴人が控訴人の専務取締役の肩書を持つ谷川の言葉を信じて本件業務に従事していたことが認められるから、このような事実に徴すれば、谷川は、本件名刺を所持し、被控訴人との間で本件雇用契約の合意をする際、本件名刺を被控訴人に交付したものと推認することができる。そして、右事実によれば、控訴人は、谷川が仕事を取りやすいようにするための一環として、控訴人から下請けしていた本件業務を遂行する運転手を雇用することも含めて、谷川の営業が控訴人の営業であるかのような外観を呈する本件名刺を谷川が使用することを許諾していたものといわなければならないから、谷川が本件名刺を使用して本件業務を遂行するための運転手を雇用した場合にも、谷川に雇用された運転手において、本件業務の営業主を谷川が専務取締役であるという控訴人と誤認していたときには、商法二三条所定の名板貸し責任を負うべきものといわなければならず、被控訴人の前記主張は、この意味において、首肯することができる。

2  被控訴人の悪意・重過失の有無

(一) 谷川が被控訴人との間で本件雇用契約の合意をする際に本件名刺を使用していたと推認されることは前説示のとおりであるが、証拠(甲九、乙一、当審被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、谷川に雇用された後、控訴人が所有する控訴人の商号が車体に表示された貨物自動車を運転して本件業務に従事していたこと、被控訴人が運転していた貨物自動車のガソリン代は、その車内に備え置かれていた控訴人名義のカードを利用して支払い、オイル交換、タイヤ交換などは、控訴人の会社内部で行っていたこと、被控訴人は、本件業務に従事する都度、日報を作成して控訴人に送付していたこと、谷川は、本件業務が遂行される現場においても、専務と呼ばれていたこと、また、被控訴人は、一回ではあるが、本件業務につき、控訴人の代表取締役から指示を受けていること、以上の事実が認められ、これによれば、被控訴人が控訴人の業務と誤認して本件業務に従事していたことは否定することができない。

(二) 証拠(甲二ないし七、乙一、当審被控訴人本人)によれば、被控訴人に対して仕事を教え、具体的な指示を出し、給料明細書を作成して給料を渡していたのは、谷川だけで、その給料明細書には、控訴人の名前が記載されていないし、被控訴人が受給した給料から健康保険料や年金が差し引かれたこともなく、また、谷川との間で本件雇用契約の合意をした際、控訴人の社長に面会したこともないと認められるが、本件名刺に示された谷川の肩書が控訴人の専務取締役という、一般的には、控訴人の代表権を有すると解される名称であったこと、被控訴人が従事していた本件業務が運転業務で、その雇用に至る経緯からして、アルバイト的な業務であったことに鑑みれば、右事実をもって、被控訴人が本件業務を控訴人の業務と誤認したとの前認定が覆されるものではない。

(三) しかも、証拠(当審被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が運送業務に就いたのは、本件業務が初めてであったことが認められるから、被控訴人が、運送業界においては、控訴人と谷川との間で締結された本件下請契約もそうであったように、貨物自動車ごと下請けに出すという慣行があることを知らなかったとしても無理からぬところであって、被控訴人が、控訴人の専務取締役であると誤認していた谷川から本件賃金の支払を拒絶される事態に至ったため、控訴人に対して直接に本件賃金を請求し、その際、控訴人から谷川が控訴人の下請け業者にすぎないと聞かされるまで、前認定のとおり、被控訴人の雇用者、すなわち、本件業務の営業主が控訴人であると誤認していたことにつき、被控訴人に重大な過失があったということはできず、他に被控訴人の重過失を認めるに足りる証拠はない。

3  控訴人の本件賃金の支払義務の有無

したがって、控訴人は、商法二三条に基づき、本件名刺を使用していた谷川を控訴人の専務取締役と誤認した被控訴人が谷川との間で合意した本件雇用契約に基づき谷川が被控訴人に対して支払うべき本件賃金につき、谷川と連帯して、その弁済の責任を負うべきものといわなければならないから、被控訴人の本訴請求は、この意味において、理由がある。

三  よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は、以上説示したところと理由を異にするが、結論において正当であるから、控訴人の本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝沢孝臣 裁判官 齋藤大巳 裁判官 平城恭子)

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